カテゴリ:学校生活の様子
卒業アルバムを繙く その6

カテゴリ:学校生活の様子 卒業アルバムを繙く その6

「卒業アルバムを繙く」も回を重ね、最終の6回目となりました。今回は2010年以降、現在までの記録をたどっていきます。

前回「卒業アルバムを繙く その5」はこちらです。

 

2010(平成22)年時 現在に続く校舎の全容が見えています。

 

 

くぬぎ祭 舞台発表の様子。

 

 

合唱コンクール 学生服で指揮をする姿も見えますね。

 

 

2011(平成23)年 この年の3月11日、東北地方に甚大な被害をもたらした東日本大震災が発生しました。

 

 

震災は日本中に衝撃を与えましたが、校庭の桜はいつもと変わらず希望の花を咲かせます。

 

 

セカンドスクールは白馬方面にスイッチしました。

 

 

この年の球技大会は東日本大震災の直前となりました。

 

 

2013(平成25)年時 校庭北西側の芝生の部分も整備が完了しています。

 

 

くぬぎ祭での活動は生涯忘れ得ぬ記憶として残るものと言えます。

 

 

合唱コンクール 文化会館大ホールの舞台で歌ったことも貴重な体験の一つ。

 

 

2016(平成28)年時 図書室の窓には今に続く「責任ある自由」の文字が見えます。

 

 

農作業をはじめとするセカンドスクールでの一つ一つの活動も忘れ得ぬ記憶に…。

 

 

大むかでは今も運動会の花形競技です。

 

 

くぬぎ祭とともに「合同体育」の文字が 一つ一つが卒業までの足跡。 

 

 

ステージ奥には現在も使われているタイトル横断幕が登場。

 

 

このとき植えた稲は大きく育ってくれたのでしょう。

 

 

一生懸命バトンをつなぐ、それは互いの心をつなぐこと。自分のために、そして仲間のために走ります。

 

 

くぬぎ祭 日々の地道な準備と練習の成果が当日に表れます。

 

 

2018(平成30)年時 正門校名板百葉箱は先代のものですね。 

 

 

セカンドスクールでは白馬村のゆるキャラ”ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男三世”も登場。

 

 

大むかででは先生たちも声援を送りながら伴走しています。

 

 

東京オリンピック間近か、五輪マークも見えるくぬぎ祭。

 

 

2019(平成31・令和元)年時 移転した法政一高跡も整備が進みました。

 

 

校舎の姿は今に至るものになっています。

 

 

耕運機で田を耕すのも貴重な体験です。

 

 

セリフを覚える、人に伝わるように声を出す、これぞコミュニケーションの基本。

 

 

白馬ジャンプ台の表彰台に上りました。学校生活も目指せ表彰台!

 

 

若い力が躍動する運動会 全員リレーは戦略と協力と努力で勝負します。

 

 

舞台発表は出演するキャストはもとより、縁の下の力持ちとしてのスタッフも重要な存在です。

 

 

白馬村での体験が生徒同士の心をつなぎ、将来に花開く種子となります。

 

 

運動会 走る、跳ぶ、投げる、若き力が躍動します。

 

 

ジャンプ台からの眺め 黒部ダムの光景 忘れ得ぬ思い出。

 

 

我々の思い、天に届け!

 

 2020(令和2)年3月、新型コロナウイルス感染症対策により、翌年度5月末までの三ヶ月間、全国一斉の休校措置がとられました。修学旅行やセカンドスクールも中止になるという状況、学校行事も中止・規模縮小となるなど、大きな影響が出ました。

 

 

この年の運動会では、まだ感染症対策でマスクを付けたまま競技に参加する場面も多くありました。

しかし、時代は変われども、前に向かって懸命に走る生徒の姿は不変です。

 

 

 

 これまで、本校に所蔵されている学校保存用の卒業アルバムを繙いてきました。

 昭和26年に開校してから現在まで、施設・環境は大きく変化しましたが、生徒たちが活動する姿というものは時代を超えて不変のように思われます。

 これからも三中は歴史を刻み続けます。現校舎の改築の話題も上がってきていますので、10年、20年後には全く違った姿になっていることと思いますが、そこで生活する生徒たちの活気ある活動は変わらずに続いていくものと思います。

 どのような時代になろうとも、伝統を受け継いで更なる高みを目指す三中でありたいと思います。

 

 

「卒業アルバムを繙く」をはじめから見直す

 

 

公開日:2025年05月07日 08:00:00